源氏物語

正編あらすじ

いつの天皇の御世であったか
女御や更衣が大勢お仕えしている中に
家柄も身分もそれほど高くはなかった
一人の女官(桐壷の更衣)が
帝の寵愛を一身に受け、玉の男皇子を生んだ。
しかし弘徽殿の大后をはじめ、他の妃たちの嫉妬の怨念と迫害を一身に受け、
源氏三歳の時に横死してしまう。
そして父帝は更衣同様、強力な後見のない皇子を東宮に立てては
皇位継承争いに巻き込まれた時、かえって苦労すると考え、
「一世源氏」として臣籍に降下し、人びとから「光る源氏」と呼ばれるようになる。
その後、帝は源氏十歳の時、更衣に瓜二つの藤壺の宮を入内させた。
そして源氏は、母に似ている藤壷を慕い
やがて恋の対象として考えるようになり、
その後禁忌を犯してしまう。
その結果、藤壺は源氏の子供(罪の子冷泉帝)を身ごもることになるのである。
十二歳になった時、左大臣を加冠役として源氏は元服する。
その祝宴は一の皇子(朱雀帝)と同じ位、いやそれ以上に賑やかなものであった。
そしてその夜、左大臣の姫君(葵の上)と結婚する。
その間にも源氏は数多くの女性と恋に落ちる。
藤壺のめいにあたる少女(紫の上)にめぐり逢い、
彼の理想の女性に作り上げてゆく。
他にも皇太子の未亡人の六条御息所、
人妻で中の品の空蝉、彼女の義理の娘の軒端の荻、そして空蝉の弟小君とは男色関係、
親友の頭中将の元愛人、夕顔
麗景殿女御の妹の花散里、故常陸宮の姫君の末摘花、
桐壺帝に仕える六十近い老女官、源典侍
そして朧月夜の君、
彼女は源氏の政敵右大臣の娘で、天皇(兄の朱雀帝)の婚約者になるべき人であった。
弘徽殿の大后と右大臣はこれを機に、
対立する左大臣の婿である源氏が契りを結んだことを政治的に利用する。
源氏が後見役を引き受けている東宮(冷泉)を帝位につけたいため、
朱雀帝を倒そうという反逆をもくろんでいるという陰謀をつくり
彼を政界から追放し流罪にしようとする。
源氏二十六歳、官位も剥奪され、頼みとする拠りどころをすべて失い
紫の上に所領の荘園その他一切の財産を託して自ら須磨に流れた。
その後、京に残してきた愛する女性たちに手紙を書きながら、
琴を弾じ、絵を描き、漢詩文、和歌を詠じて
慎ましく侘しい、仏道三昧、失意の日々を送る。
それまで親しかったり恩顧を蒙った人々も、時の権力者で、
源氏を憎む右大臣家におもねって、一人として見舞おうとしないのに、
頭中将だけは自分の政治生命を賭して、須磨まで訪ねて来てくれた。
その男気と友情の厚さに、源氏は慰められ、涙するのであった。
須磨へ来て一年経った頃、大暴風雨になり、
雷鳴が轟き、ついに落雷で源氏の屋敷の一部まで焼失してしまった。
その夜、亡き桐壺院が夢に現れて「住吉の神のお導きに従い、この浦を立ち去れ」と言われた。
翌朝、明石の入道の船が漕ぎ寄せてきて、
「須磨へ行き、源氏の君を明石にお連れせよ」との夢告を聞いたと言う。
そのお告げに従い明石に移り、そこで入道の娘(明石の君)と結ばれ、
のちの明石の中宮が生まれる。
須磨、明石に流れてから二年四ヶ月、
都では朱雀帝が夢の中で故桐壺院ににらまれて以来、眼病を患い、
弘徽殿の大后は重い病に伏し、遂に太政大臣(前右大臣)は亡くなってしまった。
朱雀帝は弘徽殿の大后の反対を押し切って源氏召還の宣旨を下した。
そして朱雀院が退位し、我が子冷泉が即位してからというもの
たちまち内大臣に返り咲き、失脚中の自分を圧迫した全ての人々に徹底した報復を加え、
今まで逼塞させられていた一門を取り立てて、世を時めかす。
ただ甘いだけの貴公子だった昔と違い、
今や国家の柱石として権力の中枢に君臨し、大政治家としての道を歩み始めた。
その後、出生の秘密を知った冷泉帝から
天皇を退位した人に匹敵する処遇である「准太上天皇」という位を授かり、
飛ぶ鳥も落とす勢いで、この世の栄耀栄華のかぎりをつくす。
六条御息所から譲り受けた旧邸を
光り輝くこの世の極楽浄土のごとき”六条院”と言うハーレムに造り替え、
今までかかわり合った主なすべての女性を向かい入れ、
豪奢な趣味生活に生きる。
この四町を占める大邸宅にそれぞれ四季の情趣を配し、
東南の春の御殿には源氏と紫の上、明石の姫君が、
東北の夏の御殿には花散里と玉蔓そして夕霧、
西南の秋の御殿には秋好中宮、西北の冬の御殿には明石上を住まわせて、
”生ける仏の御国”とまで言われた理想郷を実現した。
しかし源氏四十歳の春、老病で出家願望の強い朱雀院は
既に母をなくし御子の中で最も鍾愛している女三の宮の婿選びに腐心している。
夕霧の中納言、柏木の右衛門督、蛍兵部卿の宮、別当大納言等が候補に上がるが
後見人として一番実力のある、源氏に落ち着く。
源氏は一旦は辞退するが、
若い十四歳の女三の宮をもう一度理想の女性に養育してみようと思い降嫁を決意する。
そのことによって六条院の事実上の正妻、
源氏最愛の女性紫の上は、不信の念がつのるばかりであった。
女三の宮の内親王という身分の重さだけで
正妻の座を追われた紫の上は病に臥し、
しだいに六条院は内部崩壊して行く。
その間、女三の宮は柏木と不義密通をし、罪の子薫を身ごもる。
これを知った源氏は激怒するが、
一方では、藤壺と源氏との不義の子冷泉帝のことを思い、
因果応報に戦慄する。
やがて女三の宮は乳飲み子薫を残して出家、柏木も自責の念にかられ病死する。
紫の上は源氏以外に頼るべき人も、帰る家さえ持たない自らの境遇を想い苦悩する。
そして、出家を願うが紫の上を失う事を恐れた源氏は決して許そうとしない。
最後には源氏への愛も見限り明石の中宮に見取られながら
四十三歳で消えゆく露のように亡くなった。
源氏すでに五十一歳、六条院に一人とり残され
傷心を深め、出家の準備を
すすめる。
◆「国宝・源氏物語絵巻」
(あらすじ背景壁紙)
第四十帖「御法」の詞書第三面(五島美術館蔵)
「国宝・源氏物語絵巻」は「源氏物語」成立から約150年後、
12世紀に制作された現存する日本の絵巻の中で最も古い作品である。
詞書の伝承筆者は、飛鳥井雅経、寂連、藤原伊房の三人であると言われて来たが、
現在では五人の筆者によって書写されたことが明らかになっている。
その五人の中でも「御法」の伝承筆者、藤原行成の孫の伊房は最上位に位置して、
「源氏物語」のもっとも重要なクライマックスシーンを書写している。
行が重なって少し読みづらいですが、背景壁紙左から四行目
「きえゆく露のこヽちしてかきりにみえたまへはみ修行のつかひかすもなく、、、」
光源氏が最愛の妻、紫の上を失う心の乱れと同調するかのように、不規則な行取りと、
細太の重ね書きで物語の内容までも形に表現した心憎い演出である。
しかし実際の筆者は、かな書道の伝統的な理想美を踏襲し、連綿や散らしの技巧の妙、
墨つぎの美しさ、明暗の表現が実に巧みである。
一見女筆ではないか、おそらく当代しかるべき能書の女院か、
女房の筆ではなかったかと思われる。